川喜多喬&アソシエイツ

川喜多喬
川喜多教授
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一期一会 プリント
茨城大学赴任時のゼミ生たちが還暦のお祝いをしてくれた。 28歳から35歳まで、生まれて当時まで利根川を越えて北に入ったことがなかった者が、緑の田園風景の中の小さな(といえば水戸の人は怒るはずだが)都市で過ごしたころは、無我夢中の遊び人時代であった。
結局、水戸で家内を見つけ、戸籍も茨城に移し(長男であったので大阪の親からは激怒されてしまったが)、水戸、土浦、牛久と変わったものの茨城で永住することになった。

ゼミの学生たちと勉強した想い出はほとんどない。ひたすら一緒に毎週、飲んでいたように思うが、いまや当方も61歳、当時の学生達も50歳を越えており、それぞれ、中年以後の新しいライフスタイル模索中、といった風情であって感無量。

一期一会・・・やたらと古風な言葉を思い出した。私はお茶の作法とは縁がなく、作法無く酒を飲んできたが、井伊直弼の『茶湯一会集』に「そもそも、茶湯の交会(こうえ)は、一期一会といひて、たとへば、幾度おなじ主客交会するとも、今日の会にはふたゝびかへらさる事を恩へば、実にわれ一世一度の会なり」(一部現代訳)とあるのが初出らしい。ただ一期、一会と、切り離していえば、仏教用語で、古くからあり、一期は人生、一会は仏徒の集まりである。一会は一人の師匠の下に集う弟子の集いなどである。むろんお釈迦に自分をなぞらえるほど傲慢ではないが、生きて二度会えたことは何よりの幸せ。

久しぶりに会って幸せを思う人々もいれば、いつも側にいるが二度と会いたくないと思う人々もいる。一期一会で全ての人にいつも接しろ、とわびさびを理解した人々や、悟った人々は言うかもしれないが、こちとらは悟りきれないので、愚者、恩知らず、に取り囲まれている毎日と勝手に思い込む、ひがみっぽい人間である。それであるがゆえに二度と会わぬかもしれぬ調査先で胸襟を開いてくれた人々や、今日のように久しぶりに会えたかつての若者(今でも心には18や20歳の火が消えずにいるのであろう)と会えた時にだけ、一期一会の言葉を思う。そういう時が時々あるので、この世には堪えられる。

なお井伊直弼の思想には、先達がいるのだそうだ。茶の湯の先師、『山上宗二記』に「常の茶湯、路地へ入るより出るまで、一期に一度の会のように亭主を敬畏すべし」とあるらしい。しかし亭主をのみ強調して敬畏すべしというのには私は(なんとなく)反発を覚える。

ところで、路地、っていうのものは、まことに懐かしい。世間の大通りより路地を歩いているときのほうが幸せな気分になれるのは、なぜだろうか。近所の蕎麦屋の近くにもすてきな路地がある。アサガオが咲き始めている。
最終更新日 ( 2009/09/18 Friday 11:52:47 JST )
 
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