川喜多喬&アソシエイツ

川喜多喬
川喜多教授
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こちらが変われば相手も変わる プリント
マイフェアレディの人材育成観・・・・ オードリー・ヘップバーン(イライザ役)とレックス・ハリソン(ヒギンズ教授)の主演でヒットしたバーナード・ショーの『マイフェアレディ』。もう私以上の世代ぐらいしか見たことのある者はいなくなったと思う(が)。原題は『ピグマリオン』で、これは自分の姿に似せて像を造った古代ギリシャのナルシストの名だとか。マイフェアは、イギリスの高級住宅地メイフェアを上・中流階級の発音ができぬロンドン下層階級の発音ではマイフェアとなるところから「私のすてきな」という意味になってしまうことに題名から示唆されるように、下層階級の花売り娘が中流階級のレディに育てられる話である。いわば人材育成の話だが、バーナード・ショーならば映画の筋書きの材育成観をあざ笑ったであろう。
映画ではイライザはヒギンズ教授と結婚する(いわばキャリア・アップ)。が、原作ではヒギンズ教授ではなく没落して無一文になった(いわばキャリア・ダウン)青年と結婚し、二人で下町で花屋を始めるのである。とはいえ、彼女はレディであることをやめたのではない。自分で生計費を稼ぐ階級のままで。そのレディとして行動するのも、その行動を執拗に教育したヒギンズ教授のおかげではないと彼女は言う。映画では脇役にすぎなかったが、ヒギンズ教授の家にしばしば訪問してきた退役軍人のピッカリング大佐のおかげだと言う。両者、初老の者にして、どこが違ったのか。

--「レディと花売り娘との差は、彼女がどう振る舞うか、にあるのではありません、彼女がどう扱われるか、にあるのです。私は、ヒギンズ教授には、ずっと花売り娘でした。なぜなら、かれは私をずっと花売り娘として扱ってきたからです。しかし、私はあなたにはレディでありうる、とわかっています。なぜなら、あなたは、ずっと私をレディとして扱っておられますし、今後ともそう振る舞われるでありましょうから。」(Shaw, Bernard, 1957(1914初演), Pygmalion (London: Penguin Books Ltd), p.122)

人材育成は相手をどういう人として信じて扱うか、にかなり依拠するように思う。
ついでながら、今となってはこのすてきな言葉も花売り娘への差別発言ととられかねない時代となったし・・・レディとして扱いたいと思える女性などいるのかな?と首をかしげても口に出して言ってはいけない「失言」狩りの時代となった。

 
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