| 落ち穂まで拾うな |
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「落ち穂拾い」という有名な絵画がある。落ち穂を拾っているのは寡婦や孤児、故郷を失った旅人などである・・。
畑を耕し続けた農夫であっても、刈り入れの際にこぼれおちた落ち穂まで全て拾ってしまってはいけない。落ち穂は貧しき人びとのために残しておけ・・・という聖書の教えからきた画である。 さて、若年労働力不足の中で、若者を洗いざらい採っていこうとしているのが、かつてバブル経済のおりにも若年者をカネや福利厚生、休みの多さで釣ってと り、やがてバブルの崩壊とともに中高年者を斬り、若年者を「バブル入社の困りもの」扱いした大企業である。中小企業の若年労働力不足感は強い。その中小企 業を虐めれば、大企業が成果主義とやらで選別淘汰する人びとの「受け皿」はどうなるのか。 小さな町や村で細々とした商売を営んでいた商店を破壊し尽くした大型店やコンビニチェーン、町工場で夜業を重ねてなんとか生きていた零細メーカーを敲いては、やがて海外に出てしまった巨大メーカーは「落ち穂」を零細な働き手に残す教えは知らなかったと見える。 そんな中小企業にもがんばって若者を集め育てようとする企業もあり、かつて某H大学キャリアセンターとの共同企画を中小企業団体が提案にお見えになった。 私の続けてきた「大学の全ての機能をキャリア支援の観点から再編する」という夢と努力を「全て、失敗」と切り捨てた大学管理職員は、その中小企業団体のリ ストをみて「こんなゴミのような企業にわがH大の学生が行くわけはないじゃないですか!」と怒鳴った。 高校が有名大学に何人入れたかを誇るように、大学も有名企業に何人行ったかを誇る・・そうした就職指導に疑問を投げかけた私の味方には、H大学の法人トップマネジメントもなってはくれなかった。 失意のうちにH大学の全てのキャリア支援に関わる仕事から降りた私にも、なんとか中小企業に生きるすばらしい人材の姿を探索して、本を出せる機会がついに 訪れた・・。もちろん堅苦しい学者の本であり、たかがアンケートの結果をああでもないこうでもないとひねくり回しただけであるが、『中小製造業の経営行動と人的資源』(同友館)の表紙は、大田区の著名な中小企業の職人群像の写真である。その表紙だけはあちこちの人から褒められて、私はうれしい。 愛知県経営者協会の機関誌『愛知経協』にも最近書かせて頂いた(7月号)が、人材の社会的配分機構の一つである大学は、厖大な税金をもらいながらも、若者 の進路を意識的無意識的に歪めている。しかしそうした大学を無視し、大学以上にちゃんとした「学校」づくりをしている中小企業はあちことにある。還暦を迎 え体力とみにおちたので、いままでのように週1は昨年限りで諦めたが、今年も月1ぐらいでは訪問ができそうだ。「落ち穂」に喩えれば失礼ではあるものの、 大学改革への協力なる虚しい数年で貧しくなった私の心が、地に希望を発見して炎をわずかに取り戻す・・私の「落ち穂拾い」である。 幸いにして某H大学では「組織内隠退」とはなったが、ある意味では学生がいわゆる有名企業にはなかなか入れてもらえないがゆえに、かえって中小企業支援に 熱心な大学などの研究者やキャリアセンター職員と同行して、中小企業の社長や、そこに入って活躍している若者と語る機会も増えた。組織内の不遇は眼と人脈 を組織外に開くチャンスである。 |
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| 最終更新日 ( 2008/09/27 Saturday 15:33:28 JST ) |
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