川喜多喬&アソシエイツ

川喜多喬
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牛久の雑談2002 プリント
和をもって尊し、となす
大衆社会の過剰同調の恐ろしさを指弾した評論家、ウォルタ-・リップマンが言っています。「すべての人が同様に考えるときには、誰も考えていないのである」。
そこで個性が大切だ、個を生かせなどと口走る・・いまさらながら。が、これまた各自好き勝手にできる組織や社会がありえる、などと考えるのは妄想であります。
と言う私の意見にも賛成して頂く必要はありません。アイルランドが生んだ天才的戯曲家、オスカ-・ワイルドの言葉を思い出します。「私の意見に他人が賛成だと言うとき、自分は間違った意見を持ったと思う」(『レディ・ウインダミアの扇』)。
オスカ-ワイルドほどではありませんが、私も天の邪鬼ですので、アメリカ社会を見ろ、個だ、個だ、という人が増えている今、古き日本の道徳を思え、和だ、和だ、と叫びます。しばしば日本人は、和を持って尊し、となすからいけない、個人別成果主義をもっと導入せよ、と叫ぶ者も人事課長や人事コンサルタントにはいるのです。しかし教養があれば、和と同は違うことがわかります。
中国古典『国語』に「和は実に物を生じ、同はすなわち継がず」(和こそいろいろな物を生むものになるのだが、同では生産は続いていかない。産業は普段の革新のたまもので同じにしていてはいけないが、和は大切だ)(一部の議論は、最近発行の拙稿「行列毛虫の話」『労政時報』2002-10-18号から)。なお、お暇な方には『十七条の憲法』を皆、お読みになることを勧めます。
▲ 2002-10-20 [私の雑談]牛久の雑談

世間のイメ-ジに縛られる
映画、コクーンを見たことがありますか。その主演者、ドン・アミシュ(Don Ameche)、ヒューム・クローニン(Hume Cronyn)、ジェシカ・タンディ(Jessica Tandy)たちも、出演当時、いずれもが70歳を超えていたそうです。ところが、レビューを見ているうちに、監督が、どこか変だと思い始めました。ベテラン俳優たちが老人を演じきれていない!と監督は思ったのです。だって、姿勢はしゃんとしすぎている、足取りが軽やか過ぎる、話がちゃんと明瞭であり過ぎる・・・。そこで、監督は演技指導者をわざわざ雇い、実際にも70歳を超えている俳優たちに老人のイメージにあうような歩き方、話し方、振舞い方を教えたのだそうです!これは全米退職者協会の会長が、日本のシルバ-人材センタ-の大会での講演で紹介した話。
が、しかし、世間ってのは自分が見たいものを見たがります。エンターテイナー業界やジャ-ナリズムがそれに追随してカネを稼いでいるのを見て非難しても、詮無いことであります。こちらさえ、一人静かに、世間の「役割期待」をできる限り無視して生きることができれば・・(こうやればあんたは世間のイメ-ジにあうとアドバイスをしにやってくるコンサルタントの連中から遠く離れて)。
マリ-・アン・エバンズが言っています、「何も言うことがなければ、何か言ってそれを証明して見せるってことを避ける、そういう者に幸いあれ」って。マリ-はジョ-ジ・エリオットですが、マリ-に言われるまでもなく、当方、何も言うことがなくなってきた。野の百合を見よ!という心境。で、深沢紅子の美術館に行って来ました。
▲ 2002-08-31 [私の雑談]牛久の雑談

反省できない体質
「私は一度見た人の顔は忘れたことがないんだ。ただ、君の顔の場合は、例外としたい。」グルーチョ・マルクス
労働者に友人もいなかったし、現場調査もやらずに図書館に籠もり、酒ばかり飲んでいたカ-ル・マルクスは、私は大嫌いですが、マルクス三兄弟は好きです。
しかし・・自分の顔は見たくない・・こういう、自分で見たくないものを見ている他人が気の毒で、本当は引退したい。巨万のカネをもって、むろん。白居易などは隠退したことになっていますが、何、庭には数千本の木が植わっているような隠居暮らしで・・。
「世々の物知り人、また今の世に学問する人なども、みな住みかは里遠く静かなる山林を住みよく好ましくするさまにのみいふなるを、われは、いかなるにか、さはおぼえず、ただ人繁く賑はしき処の好ましくて、さる世放れたる処などは、さびしくて、心もしをるるやうにぞおぼゆる。」(玉勝間)
▲ 2002-08-06 [私の雑談]牛久の雑談

こちらの気分次第

「バラにトゲがついていると、いつも文句を言っている人がいる。私は感謝しているんだ、トゲにバラがついているって。」--Alphonse Karr (1808-1890)
「何か、間違ったことをやるはめになった場合にも、少なくとも楽しんでやれ。」--Leo Rosten
1か月近く入院するはめになりました。そこで、死・病に関する明るい話。
前置きが必要です。英米では、鏡を割るのは悪い運がつくことだと恐れられています。
さて・・老人ホ-ムで98歳の老人が、なにやら楽しそうにしているので、看護婦さんが「どうして今日は幸せなの?」と聞きました。「鏡を割ったんだ!」と、老人は言いました。「え!?鏡を割ると7年間も悪運が続くって言いますよ!」と、看護婦はいぶかりました。「わかっとるよ」と、老人が答えました。「すばらしい話じゃないかね?」
鏡でも割ろうかな。鏡をのぞき込んで反省する。ろくな結果にはなりません。
▲ 2002-08-04 [私の雑談]牛久の雑談

キャリア
私は来年度から、法政大学にできる新学部、「キャリアデザイン学部」に移籍します。長寿化と変化のめまぐるしい時代、生涯学習を続けねばならない社会に、人生、何度も進路を再設計せねばならない時代にふさわしい、職業と人生の目標をはっきりもてる若者の育成を目指したいと思いますが、なにぶん、日本で初めての学部です。知名度ゼロからのスタ-トのため、お知り合いの子弟にぜひ、受験をおすすめくだされば幸いです。
ところでキャリアという言葉は16世紀末、シェイクスピアのヘンリ5世という小説に登場します。「王様は、でこぼこ道、くねくね道を駆けてきた」といったせりふの「くねくね道」をキャリアという英語で示しています。同じ年に出た英語辞典に、初めてキャリアという言葉が辞典の見出しとして登場します。
この世のでこぼこ道、曲がりくねった迷い道、うまく駆け抜けていくのは、王様ならずとも一兵卒にも大変な時代になってきました。
▲ 2002-06-05 [私の雑談]牛久の雑談

委員会
「ほとんどの委員会では、委員の半数が仕事をし、後の半数は何もしていない。私がその委員会の議長になると、その逆になる。」(John Drybed)半数も仕事をしていれば立派ですが。
どうして役所も企業も大学も委員会を作りたがるのか、不思議です。委員会を作る閑があれば仕事をすればいいと思うのですが仕事がないから委員会を作るのか、仕事をしないために委員会を作るのか。
「アイデアをつぶそうと思えば、そのアイデアに関わる委員会を作ればよい」(自動車の電動スタ-タ-の発明家、GMの研究事業部長、ケッタリング)。
委員会に出ると、寝ている人が唯一まともであることが屡々。「委員会とは何か? 不要なことをするために、不適当な人物の中から選ばれた、やる気のない人々の集団である」(Richard Harkness)
コミティという英語を分解するとどうなるか?committeesを分解して組み替えるとcost me time!(私の時間を無駄にする)。
語源を探ってみましょう。パーキンソン教授がかって提案した学問に「委員会学」commitologyがある。それに依拠しますと、Committeeという言葉は、もともと狂人の法的利益を代表するために指名された人のことをさしたのだそうです。眉唾ですが。
「委員会とは、立派な人なら一人で一時間でやってしまうことを一週間かけてやるもの」(Elbert Hubbard)。わかった!ワ-クシェアリングの事です。労働組合は委員会を増やすよう働きかけるべきでしょう。
▲ 2002-04-15 [私の雑談]牛久の雑談

「成果主義」など言わなかった時代
管鮑貧時の交わり、という言葉があります。大学入試に漢文はほとんど出ず、中国の古典教養よりアメリカの最新のセオリ-とやらがもてはやされる時代の者にはわからぬ言葉でありましょうが。
管鮑の管とは、管仲(春秋戦国時代に斉の国を覇者に育てた宰相)、鮑は鮑叔(敵方、魯の宰相であった管仲をば殺さず用いるよう斉の王に推薦した家臣)であり、二人が貧しい青年時代に培った友情が、やがてこうしてかれらの名を歴史に残したという話であります。
ただ実際に大いに貧乏だったのは管仲でした。二人はともに商売をしましたが、儲かったぶんは、ほとんど管仲が持っていったのです。それを他人が指摘して笑うと、鮑叔は、「あいつは貧乏だから」と多くを持ち帰るを当然視しました。鮑叔が出した資金の事業に管仲が失敗しましたが、鮑叔はかれをなじらず、「時に利と不利があるものだ」と言い、管仲が愚かだと思わなかったのです。 成果に応じた報酬、ではなく、生活に応じた報酬を言い、成果は個人の努力とは思わず、時の運不運を思った時代の話です。
成果がすべて、成果への報酬は俺に寄こせ、というアメリカのMBAの傲慢不遜な態度をコンサルタントが日本の経営者に売り込むずっと、ずっと前の話であります。
自身、不遇に人生を終わった唐の杜甫の詩、「貧交行」は、二人を称えて、
「君見ずや管鮑貧時の交わり
此の道、今人棄てて土の如し」
と言っております。
▲ 2002-03-15 [私の雑談]牛久の雑談

牛久の嘆息(今回は雑談にあらず)
隣室の橋本寿朗教授が職場で倒れて、死去されました。
私より僅かに1歳あまり年上でしたが、遙かに遙かに業績多く、人脈豊かで、人望厚き人でした。

陶淵明の詩に(愚訳)
有生必有死  生あれば必ず死あり
早終非命促  早く終えるも命で縮まるに非ず
咋暮同為人  咋暮は同じく人なりしに
今旦在鬼録  今朝は鬼録にあり
魂気散何之  魂気は散じていずくに行きし
枯形寄空木  枯形のみ空木に寄す
嬌兒索父啼  嬌兒は父をもとめて啼き
良友撫我哭  良友われをさすりて哭く
得失不復知  得失はまた知らず
是非安能覺  是非もいずくんぞ覚えん
千秋萬歳後   千秋万歳の後
誰知栄輿辱   誰か栄と辱とを知らん
但恨在世時   但だうらむ在世の時
飲酒不得足   酒を飲むことの足らざりしこと

というわけで、まあこの世で恥のみかいていようととも、死語の栄光はありえなくとも、ともあれ、私などは酒を十分に飲みて生きる、これですね。
▲ 2002-02-15 [私の雑談]牛久の雑談
最終更新日 ( 2009/04/02 Thursday 11:04:19 JST )
 
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