川喜多喬&アソシエイツ

川喜多喬
川喜多教授
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藤原銀次郎他『処世の技術』 プリント
調査屋を始めたころ、地場産業の調査である老舗の菓子舗を尋ねたことがある。饅頭作りの作業を30分近く見たあと、つい、「同じものを同じように作り続けるんですねえ」と口走ったら、「素人にはそう見えるでしょうが・・・」と主人に叱られた。 「同じものを同じように見えるように作り続けるんです・・・同じ材料同じ季候は二度とありませんから毎日違う作り方をして いるんです、実は」。
微妙な差違は素人目にはわからない。
「しかもね、結局同じものはできないんです。お客様に同じ味を味わって貰うためには、毎回違うものを作っているんです。お客様には同じものに見えるでしょうが・・」 追い打ちである。私は刮目して聴いているしかなかった。「職人というものは、毎日同じことを何十年続けて毎日同じものを作っているように見えて、毎日違うことをしながら毎日違うものを作っているんです。」
 どこが違うか、わからぬのはあなたの恥というものではない、だって川喜多さんはうちの職人頭ではないのだから・・・と慰めてはもらったが、それ以来、書物だけで教わった「単調労働」「繰りかえし労働」という言葉も疑うようになったし、まして生産工程に働く人は頭脳労働者ではないかのごとき議論には与しないようになった。 
 さて、以来、30年、藤原銀次郎他『処世の技術50か条』の冒頭の、藤原銀次郎の文章を読んだ(納められている議論の中では一番、箇条書き的ではない、一見論理的ではないように見える、聞き語りの筆記の整理であるようだから当たり前であろうが、しかし一見体系的なものよりは私にはわかりやすかった;閑話休題)。冒頭に、戦後、革新革新と言っているが、なに同じことを明治大正昔からやってきたのだ、と書き、しかしでは尚古で済ませるかと言えば、その同じことを何度も何度もおさらいすることが大切だ、と続ける。さすが『論語』を教養として身につけた時代の人の言葉であろうが、この「おさらい」、つまりは飽きもせず同じことを習いながら学び続ける、これが処世の術の冒頭に書かれていることであって、処世術と聞いて戦後のわれわれが思い浮かべる、人間関係たちまわりの技法、とはちょっと違うのである。
 さて再び閑話休題。同じことをずっとやっていけば進歩するとは限らない。調査屋を廃するにあたって今までやってきた調査の資料のかなりを捨てた(調査に応じてくれた人々には申し訳ないが、60過ぎたら再度見直して論文に・・・とでも傲慢に思っていたが、いまこの歳になると到底、再度読めない、考えられない・・結局、目の前の仕事をすぐにその仕事の勢いで完結させる、これにしくはない、ってことを60過ぎて悟ったわけである)、そして同じような調査をやってきてだんだん堕落してきたことを思い、これはわればかりか、とこれまた傲慢にも推測するのである。
 そういう話をある大学の友人にしたら、調査資料の整理の作業は助手・院生にやらせればいいではないか、と一刀両断にされた。ほう、さすが某大学には助手がいるんだ、院生が先生の下作業をするんだ、と思ったが、いまさら法政にきてしまった人生は変えられぬ。だが再び、小池和男先生から最近聞いた言葉を思い出す・・・戦前の学者の話である・・○○先生は下調べや聴取を助教授以下にやらせていたから言っていることは信用おけぬ、××先生は全部自分でやっていたから書いていることを信用してよろしい・・・。たぶんご自分のことにひっかけて言われたのだろうと思う。
 収集した資料や本や自分の雑文も捨てて身軽に老後を楽しみたいという話を、最近知り合った、これまた老舗の菓子屋の、隠退した主人に言った(どうも、菓子屋によく会う; 人生やりなおせるなら和菓子専門の研究者にでもなるか・・・その方が楽しかったろう)。「それがよろしい」とかれは大声で言った。「私どもは、うまくできた菓子をずっと保存など、しておりませんがな。全部、お客様の腹の中に収まってしまいますので。まして材料をずっと倉庫に保管していても場所の無駄」。
そりゃそうだ。自分のやってきたことを後生大事に自分の周りにおいて喜んでいるのは役立たずの変人である。それがようやくわかって、せっせと捨てる。しかし捨てるのも大変で、力仕事である、気力が要る、時間ばかりがかかり、無駄を捨てるのも無駄のような気もしてくる。
そういえば『処世の技術』で藤原銀次郎の次に事務や家事の技法を書いていたのは、科学的管理法や能率運動の紹介者・実践者、上野先生であった。上野先生の女性観は、時代のせいか、ヒドイものであったが、まあその時代の男はそう考えていたのだといまさらながら思う資料ともなる・・・切り抜いておこうか、と考えて、思い返して、捨てた。
最終更新日 ( 2010/06/08 Tuesday 23:56:37 JST )
 
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