


| 就職難時代の、藤原銀次郎の助言 |
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「大学卒業生はここを考え直せ」という文が藤原銀次郎にある。
銀次郎89歳のおりの口述筆記集の中にあり、時は昭和35年。もはや藤原銀次郎も知らぬ人が大半であろうが、かつて王子製 紙のトップであり、それ以前には28歳で、かの富岡製糸の支配人になった例の慶應出、三井グループの藤原である。富岡製糸も知らぬ大卒者は、失業しておれ ばよろしい。 昨今の就職難、何も新しいことではなく明治時代から今日まで周期的に大騒ぎがあった。戦後から高度成長期が始まるまでは、今どころの騒ぎではないし、だいたいそのころの大卒は勉強する程度が今とははるかに違う。それでも特に就職難の波がきた。それを前にして、藤原銀次郎は、「つまらぬ大会社銀行などへ就職運動はやめにして・・・・中小商工業・・・に入って、一生懸命働いて下さい。それが必ず大学以上の大きな生きた学問になるのです。云々」と書いている。「とにかく、みんなが大学に行くからおれも大学を出ておこうと、漫然と大学を出た」人々が就職競争の激しい中にわざわざ割り込んで自らも苦しみ、人をも苦しめる必要はないと言う。人間というのは・・・いや、正確には大学生というのは昔から変わらないねえ。大企業銀行その他あこがれの企業とやらに入れないと歎く連中に同情できないのは、私もしかり。 しかし、むろん藤原銀次郎などを含め実業人、起業家の世界を全く知らない某大学の就職部の管理職や某大学のトップが、中小企業と大学生との出会いを組織した私に向かって、某大学の学生はそんなゴミのようなところには行かない!と呶鳴って、結局、キャリア支援から私を追放したのである。そんなわけで組織内蟄居をしている私は、今日、藤原銀次郎の、この小文の納められた『仕事のみち 暮しのみち』を読み終えて溜飲を下げた。 ・・・・最新の「キャリア教育」のテキストを探さずとも、昔から、立派に実業に業績をあげてきた人々は「キャリア教育」のテキストを残しているのだ、とも思った(挨拶文ですら秘書、文書課長、広報担当などに書かせ自分自らは意見を残せない昨今の社長とはわけが違う)。 この本の末尾に「学校投資の時代は終わった」と銀次郎は断じる。が賢人の卓見、世に入れられず、それがこの世の悲しいところである。 閑話休題。明日は五島慶太『ポケット菜根譚』を読む予定である。五島慶太・・・過日、X大学の若い経営学準教授に聞いたら、知らなかった。それでも経営学博士である。『菜根譚』については、聞くだけ無駄だと思い、聞きませんでした。 |
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| 最終更新日 ( 2010/05/02 Sunday 08:36:25 JST ) |
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