11月が近づくと、イギリス人たちが胸に赤いポピーの造花をつける姿を海外のニュースで見かける。さて、その習慣について書いた、1999-06-15号の随筆について栃本雄一さんから指摘をいただいたので訂正します。
この習慣は、赤いポピーと白い十字架について、1915年5月にカナダ軍の軍医ジョン・アレクサンダー書いた詩に触発され、アメリカのマイケル教授が出征戦士を思い起こすため赤いポピーを身に付けたのが始まりらしい。第一次大戦中、戦士を埋めたところから生えたポピーを見て、ではないのだとか。詩にとりあげれらたポピーは、Papaver rhoeasという種類で、欧州ではそこいら中に咲いている種だそうである。しかしそこら中に咲いているならば、兵士の墓にも咲いていたであろう。そのほうが詩情をそそる。そそられた私はつい、自分の若い頃に流行していた「花はどこへ行った?」の歌を思い出したのである。恋人の墓にささげるため花を摘んだ乙女達の歌であったか。
そのポピーの種は死に至る傷に苦しむ兵士のためのモルヒネの原料と私はロンドン留学中にパブで聞いたのだが、麻薬用のケシとは別種であるとか。そうだろうな、麻薬用のケシを胸に飾るようである国であれば押尾も酒井も騒ぐ種にはならないであろう。
それにしてもアメリカの教授が始めたことをイギリス人がなぜマネしたか?これは疑問として残るのである。
ついでながら、指摘してくれた栃本雄一さんは、東京外国語大学時代の私のゼミ生で、海外勤務が長い。お久しぶり!。 |
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最終更新日 ( 2009/11/07 Saturday 16:42:20 JST )
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